最期まで、おいしく、楽しく、食べる場を。
食べやすさに配慮した嚥下食(えんげしょく)を食べながら、摂食嚥下に関わる医療職や専門職と話せる場所−それが「KAIGOスナック」だ。とろみのついたお酒を飲みながら、ユニバーサルデザインフードをおつまみにする新たな試みは、嚥下障害のある人とその家族、さらには現場で在宅生活を支える専門職の新たなコミュニティの場として注目されている。
取材・文:富田チヤコ
東京都府中市にある、まるで映画のセットのようなレトロなスナック。そこで振舞われるお酒は、とろみのついたカシスソーダ。おつまみは舌でつぶせるやわらかさのキャベツやトマト、さらには高齢者でも食べやすい食感のきんぴらごぼうなどもある。「意外とおいしいでしょ!」とカウンター越しに話しながら、手際よくとろみ剤入りのお酒を振る舞うママは、歯科医師の亀井倫子さんだ。亀井さんが代表を務める「三鷹の嚥下と栄養を考える会」が主催する「KAIGOスナック」のイベントは、今回で6回目となる。
「歯科医として訪問診療をするようになって、在宅で暮らす人たちの嚥下の問題に初めて気づきました」と話す亀井さん。在宅の高齢者や障害者を訪問するうちに、「食べるとすぐにむせる」「うまく食べ物がかめていない」など、嚥下に関する相談を数多く受けるようになった。しかも、相談内容はすべて重度の嚥下障害になってから。「もう少し、元気なうちに嚥下に関する知識をたくさんの人が知っていれば」という苦い経験が、「三鷹の嚥下と栄養を考える会」設立へとつながった。
これまでにも地域の飲食店で「KAIGOスナック」を続けてきたが、今後はこうしたイベントをさまざまな地域で開催できるようにしたいと、主催者を育成するビジネスプランを考案。「いつまでも美味しく食べられるまち三鷹」をコンセプトにした企画は、「みたかビジネスプランコンテスト」で見事優秀賞を受賞した。
この日、参加していた看護師の冨山さん。元々はイベントの参加者だったが、病院の食事とはまるで違う味に驚き、気づけばメンバーとして参加するようになった一人だ。「高齢者はもちろん、嚥下障害のある子供も、家族と同じものが食べられる。食卓にこうした料理が並ぶきっかけにしたい」と話す。また同じようにメンバーとなった薬剤師の江口さんも、「摂食嚥下に悩みを抱える人や介護をする家族も、こうした場でお酒を交えることで、病院で話しにくいことも自由に話せるようになるのでは」と、今後の活動の広がりに期待する。
食べることは、生きることであり、嚥下の問題は人の人生に直結する。だからこそ、他職種との連携が欠かせないと話す亀井さん。「これからはいろいろな地域に、こうした場を作っていきたい。また私たちのような医療職も、それぞれのスキルを活かす新たな働き方の一つとして提案したい」という。 最期まで口から食べることをあきらめない「KAIGOスナック」の取り組みは、おいしく、楽しく飲食ができる新たなコミュニティの場となるにちがいない。