日本でもレセプト(診療報酬請求)の電子化が進められ、2016年度の介護報酬の請求は電子媒体にほぼ統一されました。紙媒体による請求はおよそ3%となっています。この介護報酬の請求に関するデータが、より良いケアの研究のために活用しやすくなったのです。そこで、我々の研究室では、公的科学研究事業として全国約450万人分の介護報酬明細書の分析を始めました。
我々の研究の一例を紹介します。研究の目的は、利用者の要介護度悪化に関連する要因を明らかにすること。研究の対象としたのは、全国介護老人福祉施設の利用者です。2年間の追跡調査によって、利用者の要介護度の変化(=悪化)を測定しました。全国レベルの「全国介護レセプト」と「介護サービス・事業所調査」の結果データを突合することによって、信頼性の高いデータを得ることができました。
本研究の結果(表1)では、ユニット型*2の方が従来型*3より要介護度の悪化が少ない傾向が見られます。このことは、要介護度の悪化防止のために、利用者一人ひとりのニーズを大切にすることの必要性が、あらためて示されているものと考えられます。また、都市部の施設の方が、地方より要介護度の悪化が少ない傾向が見られました。地方に比べ都市部の方が介護に関する研修や講演会が充実しており、それが施設職員の資質の向上に繋がっていることが想定されます。要介護度の悪化防止に向けて、介護サービスの質を向上させるためには、職員の資質向上が必要であることを示唆しています。
表1.利用者の要介護度悪化に関連する利用者及び施設特徴 :マルチレベルロジスティクス回帰分析の結果
また、看護師に占める正看護師の割合が高い施設ほど、要介護度の悪化が少ない傾向も見られます。当たり前のことと受け止められてしまうこうした事実にも、踏み込んだ分析をしてみました。正看護師の方が准看護師より医療的な専門知識が豊富であることは当然ですが、正看護師がリーダーあるいは模範として准看護師を監督する役割を果たしているという事実を再確認する必要があるのではないでしょうか。しかし、正看護師の職場は主に病院に集中しているのが現状です。正看護師に施設ケアの意義を伝えること、また准看護師に対して資格取得を支援することが、今後必要になってくると考えられます。
栄養士全体に占める管理栄養士の割合が高いほど、要介護度の悪化が少ない傾向も見られます。栄養士が主に健康な方を対象に栄養指導を行うのに対し、管理栄養士は病気を患っている方や食事がとりづらくなっている高齢者に合わせて、専門的な知識と技術を持って栄養指導を行っています。介護度維持には、病気を患っている方への専門的な栄養の視点が大切であると思われます。質の高いケアを考えるときに、こうした担当者の職能の違いに、あらためて目を向ける必要があるのではないでしょうか。
このように、ビッグデータの分析によって、根拠に基づいたより良いケアが見えてきます。しかしながら、こうした分析を行うには、統計学に関する知識を持ち、データ解析の高い能力を有する人材が必要となります。本研究室は、医療・介護分野のデータ解析に関して、日本でも有数のデータベース構築環境が整っています。また、ビッグデータ分析のための人材育成にも取り組んでおり、第2回日本臨床疫学学会でも講義を行う予定です。今後も、本研究室では根拠に基づいたより良いケアの質を追求し続けて参ります!
*1 ウェブサイト
Nursing Home Compare URL https://www.medicare.gov/nursinghomecompare/search.html
*2 ユニット型=特別養護老人ホーム
(特養)の新型。居室はすべて個室、共用部分を10人単位のユニットで利用するタイプ
*3 従来型=特養のユニット型に対して
数人が相部屋で使用する従来のタイプ
金 雪瑩氏
キン セツエイ
2014年
筑波大学システム情報工学研究科修士過程終了
2018年
筑波大学人間総合科学研究科博士過程終了
現在は筑波大学ヘルスサービスリサーチ研究開発センターで研究員として勤めています。