地域包括ケア最前線

在宅医療で 未来に挑む

  • No.112020年2月14日発行
病院を中心とした医療は
制度疲労を起こしているのではないか?
そんな疑問から在宅医療の世界へ。
訪問診療医・小畑正孝さんが目指す「質の高い医療」とは。

取材・文/仲野 マリ 写真/吉住 佳都子

多様化する患者のニーズに 着目する診療所を

患者は入院、退院を繰り返す。医療者もできる限りの治療を、それこそ疲弊しながらやっている。

「みんなあまり幸せになっていないのではないか」「医療制度がうまく機能していないのではないか」

大学病院での研修時代に感じたこんな疑問が、在宅医療の道へ進むきっかけとなった。医療法人社団ときわ理事長の小畑正孝さんは、2016年9月、東京都北区で赤羽在宅クリニックを立ち上げ、現在では東京は練馬と墨田、埼玉は大宮を拠点に4つの診療所を展開する。

大学病院では難病やがんなど専門性の高い治療を必要とする、比較的若い患者が多い。ところが、地域の現場に出てみると状況は違う。患者は、高血圧など慢性疾患を複数抱えていたり、ご飯が食べられなくなって肺炎を合併したりする高齢者が多い。こうなると教科書通りの治療では治せない。一度臨床から離れ、予防や地域医療を学ぶためにも公衆衛生大学院へと進んだ小畑さんは、アルバイトで在宅医療と出会い、終末期医療いわゆる“看取り”に強い関心を抱くようになった。

「病院では悪化した状態を改善しようと医療の投入量を増やしていきます。でも、前もって『在宅で老衰の経過を自然に看ていきましょう』ということになれば、ケアは必要ですが、医療はそれほど必要ないんですね。しかも結果として、最期を家族も本人も穏やかに迎えているケースが圧倒的に多い」

医療費がもっとも高くなるのが終末期だ。しかし在宅なら病院よりも医療費がかからない。病院で終末期の財政負担をかけるよりも、元気で生活している時にこそもっと医療や福祉を充実させた方が、みんなが幸せになれる。

さらに多剤併用の問題もある。慢性疾患を多数抱える高齢者は複数の診療科を別々に受診するため、薬の処方もまちまちで量が増え、そのために余計に体調が悪くなってしまうケースが少なくない。このような高齢者がマジョリティであると言う小畑さんは、高齢者医療を改革することによって様々な無駄を無くし、より広範囲での医療・福祉に貢献できると考えたのだ

「新しい治療や手術などはもちろん大切ですが、医療全体の変革を考えるとき、高齢者医療の底上げが重要になってきます」

写真提供/医療法人社団ときわ

「子供は家で育つ」そんな “当たり前”を大事にしたい

高齢者だけでなく小児在宅医療にも力を入れている小畑さん。小児がんやNICU(新生児集中治療室)退院後の病児も受け入れている。ここにも「在宅でなければならない」理由があった。

介護保険制度の創設によって、高齢者は在宅でもある程度のサービスを受けられるようになった。しかし小児の場合、病名が当てはまらないと何も補助が受けられないこともあり、自宅で生活する、学校に通うなど、「当たり前の生活」を望んでも叶えられないケースが多い。小畑さんは「そもそも子供は病気であろうがなかろうが、家で育つべきではないか」と訴える。

「まるで病院に“住む”みたいに入院が長い子もいます。その間、親は毎日付き添いに行く。きょうだいには会うことができない。ペットはもちろんだめ。家にいるきょうだいも、親が毎日病院に通うので構ってもらえず精神的に不安定になることがあります。だから、帰れる子供は家に帰すべきなんです」

また退院するときに「何かあったらすぐに病院に来て」と言われても、その「すぐ」が難しい。他のきょうだいの面倒を見る必要のある母親などは、「誰かの助け」がなければ、すぐに病院に行くことなどできない。

「その点、『何かあっても』我々が訪問診療をすることにより治まることが結構あります」と小畑さん。

ところが病院の医師が「帰れる」と思っていないことが多いようだ。もちろん患者に危険なことをさせられないのは当然であろう。退院させることに対して医師が不安を持っているような場合でも、小畑さんは医師と丁寧にコミュニケーションを取ることによって、初めは症状の軽い子供から任せてもらい、今ではNICUを出たばかりの子供でも在宅医療で引き継ぐようになったという。

「地域で1人の患者を診ていくためには、病院の医療と在宅医療との信頼関係が大事。これは小児でも高齢者でも変わりありません」

写真提供/医療法人社団ときわ

人間にしかできない 在宅医療が未来を牽引する

24時間対応を求められる在宅医療に、チーム医療は欠かせない。大きな病院であればすぐに他の医師に意見を聞くことができるが、在宅医療は基本1人である。そこに、在宅医療の弱点がある。

「その弱点をカバーするために、チームを組みます。院内では、電子カルテに加えてビジネス向けチャットツールで法人内の医師がリアルタイムに診療をコンサルタントできる体制を整え、院外では、1人の患者に関わる医師、看護師、薬剤師、ケアマネージャー、訪問介護士などがMCS(メディカルケアステーション)※1というチャットツールでグループを作り、情報を共有するようにしています。移動中などの時間も活用できるので便利です。専門以外のことも共有できて理解が進むし、知識も増えて、スキル向上にも役立っています」

しかし、情報共有、多職種連携とはいっても、どうしても医療者が中心になりやすい。「医療も介護も患者さんの生活をよくするための役割としては変わらない」と言う小畑さんは、どんなツールがあっても普段からチームの風通しをよくしておかない限り、必要な情報を逃す危険性が高いと認識している。このため特に医師にはコミュニケーション能力が必要だとも。

チームのメンバーとして新たに人材を迎え入れるときには、理念の共有を目指す。それは、より多くの人が質の高い医療を受けることのできる社会を作ることである。患者が幸せに生きていくために患者の生活を知り、デジタルデバイスやツールを活用してチームを円滑に運営し、さらには情報の共有によりチーム全体のスキルを向上させることが求められる。そもそも在宅医療は、患者の自宅を訪問するので、患者が何を食べ、何に困っているのかという情報が病院よりも圧倒的に集まってくる。外来よりも時間をかけて診察することもできる。これが在宅医療の最大の特徴であり、この特徴を生かした未来への挑戦が展開されている。

「僕は、あと数年もすれば、医療における知識的なものはすべてAIに置き換えられると思っています。デバイスも小型化して安くなり、在宅でできることがどんどん増えていきます。だからこそ、人間にしかできないことを大切にしなければならない」と小畑さんは語る。

「今後はメディカルノート※2のようなウェブサイトもさらに充実して、知識の積み重ねは患者と共有。画像やデータだけで治療方針を決めている医師は、多分淘汰されていくでしょう。今後の医療に求められることは何か。それはどこまで患者さんの気持ちに寄り添った治療ができるか、つまりQOL(生活の質)を最大限に考えるということですね。このようなことは在宅医療にとってこれまで当たり前にやってきたこと。だから在宅医療にこそ、医療の未来がかかっていると言えるのではないでしょうか」

※1  MCS(ケディカルケアステーション) 医療介護者、患者家族のためのコミュニケーションツール。地域包括ケア、多職種連携の実践を支えるICTとして、医療介護現場で利用されている

※2 メディカルノート https://medicalnote-qa.jp
一般向け。正しい情報を医師の監修のもとに発信するサイト。患者家族のリテラシー向上と、正しい医療が伝わりやすくなることを目指す

「質の高い医療」を実現するために ① 医療・福祉全体の充実につなげるために 高齢者医療改革に取り組む ② 小児から高齢者まで、在宅の生活を支える ③ 在宅医療の弱点を補い患者を支えるために チームを組む ④ デジタルデバイスやSNSツールなどの テクノロジーを活用する ⑤ 人間にしかできない医療に着目する
小畑 正孝氏

小畑 正孝氏

おばた まさたか

医療法人社団ときわ
理事長 医師

東京大学医学部医学科卒業。東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻卒業、公衆衛生学修士。
大学院在学中から在宅医療に携わり、2016年赤羽在宅クリニック院長就任。2017年医療法人社団ときわ理事長就任。赤羽在宅クリニックのほか、大宮在宅クリニック、練馬在宅クリニック、ときわ在宅クリニック墨田を有し、地域の医療センターなどと連携して質の高い在宅医療を目指す。