ヘルスサービスリサーチの視点から 幸福なケアについて考えよう

利用者のためにも介護職員の幸福感を高めよう

  • No.9
博士課程でヘルスサービスリサーチを含む公衆衛生学を学び、修士課程で 経営学を学びました。医療経営コンサルティングの経験もあり、ヘルスサービスリサーチと経営学を融合させた研究を目指し日々奮闘しています。介護する側が幸せでなければ、介護を受ける側だって幸せになれない!ということで、 ”幸福感を高める介護職員研修“やってます。

現職に赴任する前は、筑波大学で田宮先生よりヘルスサービス リサーチの指南を受けて、介護レセプトや自治体のニーズ調査等のデータを分析することで、利用者、介護者、介護職員のQOLを評価する研究を行ってきました。研究結果を論文として世に出す際には、どうしてそのような結果になったのか、これまでの研究や実際の現状、その他さまざまな背景から読み解いていくのですが、こうした謎解きをしているうちに、コンサルティングの経験もあること から、QOLを高めるために何かできないか?と考えるようになりました。そこで思い出されたのが、修士課程で経営学を学んだ際に魅せられた、サービス・プロフィット・チェーン(下図)です。

人が人にサービスを提供するヒューマンサービスでは、サービス提供者とその受け手の満足度が 相互に影響するとされています(サティスファクション・ミラー)。 介護もこのヒューマンサービスの1つで、介護職員の満足度と利用者の満足度が互いに影響し合う だろうことは、みなさんのご経験からも十分に想像できることと思います。このサティスファクション・ミラーを含むサービス・プロフィット・チェーンは、1994年にハーバード大学の研究者らにより開発された好循環モデルです。社会サービスの質とは、給与や福利厚生、また研修等の機会などを示しており、これが充実していると、従業員満足度が高まります。そして、ここでずっと働きたい!と定着率が高まり、あるいは、一生懸命働こうと 生産性が上がります。すると、よりよいサービスを提供することになるので、顧客満足度が高まり、このサービスを購入し続けようとか、この病院、介護事業所にずっとお世話になろうと思います。このことを、顧客ロイヤルティが高まると言います。インターネットが普及した昨今、サービスや企業、病院、介護事業所などの評判は、SNS等を介して、口コミで一気に広まりますので、顧客ロイヤルティをいかに高めるかはとても重要です。 顧客がより集まるようになると、収益が増え、その増収により、さらに社内サービスの質を高めることができるようになり、さらなる 好循環に乗ることができます。

これまで、航空会社や、ホテル、病院などでは、このサービス・プロフィット・チェーンの導入による 成功例があるのですが、介護の現場ではまだあまり見られません。むしろ、利益率の高いところほど、従業員満足度は低いという研究 報告が出されています。おそらくこれは、給与や研修など社内サービスの質を抑制することで利益を出しているものと考えられます。利益のみ、あるいは効率ばかりを追求すると負のスパイラルに陥りがちですが、従業員、顧客、事業者がいかに三方よしとなる好循環を生み出し、定着させるにはどうしたらよいかということを、田宮先生、また本連載の第3回に登場された本間先生(ATTENTION No.5参照)と一緒に研究し始めたところです。

ヘルスサービスリサーチを実施するには、分析したいQOLを適切に測定して数値で示す必要があります。そこでまずは、介護現場に適応するサービス・プロフィット・チェーンにはどのような指標を 用いるのがよいかを検討しています。従来のチェーンでは、事業者や施設の成功を測る指標として、 売上高・利益率を用いていますが、営利企業ではない法人も含む介護現場には、こうした指標はそぐわないのかもしれません。利用者の定着率、利用者のリピート率、定員充足率、といった代替指標が考えられるでしょうか。また、従来のチェーンでは、従業員満足度や顧客満足度と、満足度を測定していますが、昨今、幸福感と仕事におけるパフォーマンスとの関連が研究で報告されており、従業員幸福度、顧客幸福度を指標とすることを検討しています。

これは、ここ20年くらいの間に心理学の領域でポジティブ心理学という学問が繁栄してきたことも背景にあります。これまでの心理学は、うつなどの精神疾患をどう克服するかといったことに重きが置かれ、いわばマイナスを0に回復させるという発想でした。しかし、ポジティブ心理学は、よりよく生きることを目標に、0をプラスに上昇させようとする発想の学問です。幸福感を高める方法も、科学的に証明された手法があり、例えば、強みを活かして活用する、没頭する、毎日よかったことを 書きとめるなど、様々な方法があります。

これらを統合して、現在、幸福感を高める介護職員研修として、ジョブ・クラフティング(自分の仕事をどう定義づけするか、介護を食事・排泄のお世話と思うか、利用者のみなさんを楽しませることだと認識するか)、自分の強みを知って活かす、アサーティブなコミュニケーションをする、ハッピーワークショップ、ポジティブ・マネジメントといったことを題材に、計6回程度の職員研修をさせていただいております。職員研修の前後に、幸福度、ワーク・エンゲージメント(どれだけイキイキと働けているか)、職場のチームワーク等を測らせていただき、さらに、職員の皆さんのQOLの変化によりどのようにサービスの質が変化し、利用者やその家族のQOLが変化するかを観察してどのような職員研修が効果があるのか、そしていかに介護版サービス・プロフィット・チェーンを定着させていくのかをヘルスサービスリサーチの手法を用いて研究しています。

幸福感を高める職員研修にご 興味ある介護事業者、施設のみなさん、ぜひお声がけください!

森山 葉子氏

もりやま ようこ

国立保健医療科学院
医療・福祉サービス研究部主任研究官
筑波大学医学医療系
ヘルスサービスリサーチ分野客員研究員

大学で健康科学を学び、卒業後生命保険会社に入社。名古屋の支社で2年間を過ごした後、保険加入者のデータから疾患と入院日数の関連などを分析する医事調査に従事。その後、医療経営に特化した経営学を学ぶ国内のMBAコースを修了し、医療経営コンサルティング会社に転職後、東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室で博士号を取得。前職は、筑波大学田宮菜奈子教授の元で助教を務め、ヘルスサービスリサーチと出会い、以来、共同研究を進めている。一児(4歳)の母。