地域包括ケア最前線

在宅医療マインドで地域をつなぐ

  • No.102019年8月26日発行
在宅療養支援診療所では
事務長として現場を監督しながら、
講演活動で全国を奔走する日々。
20年以上活動を続ける中村哲生さんの目に、
時代の移り変わりはどう映るのか。

取材・文/富田 チヤコ 写真/吉住 佳都子

多様化する患者のニーズに
着目する診療所を

在宅医療の黎明期から、常に患者と家族の生活に寄り添う医療コンサルタントとして活躍する、中村哲生さん。在宅療養支援診療所の開業支援のために全国各地を奔走する傍ら、医療や福祉の専門職に向けた講演会も、年100回以上行う。

「在宅医療の世界に入ったのは26年前。当時はまだ看護師が採血や点滴をするような医療行為もなく、在宅で麻薬や鎮痛剤を使うこともない時代です。今は介護保険も整備されました。まさに成熟してきたと思いますね」

超高齢社会の日本。2035年には死に場所がない『看取り難民』が激増する時代を迎える。「全国にある在宅療養支援診療所のほとんどは、内科医を中心とした地域のかかりつけ医が運営する診療所です。一方で、在宅の現場に目を向けると、足腰が弱くなって通院ができない人もいれば、巻き爪を治療して欲しい人もいます。現場からの要望はどんどん多様化しています。診療所にはどんな人材が必要か、どんな情報を共有すればいいか・・・、昔から考えてきたこうした問題について、これからますます考えなければならないと思います」

患者の症状に応じて
専門医をマネジメント

中村さんは今でこそ当たり前となった多職種連携を、20年以上前から医療現場で掲げてきた一人だ。今春、東京都で唯一の中核市である八王子市に、在宅療養支援診療所「クリニックグリーングラス」がオープンした。現在は事務長という立場で関わる中村さんは、このクリニックの開設にも携わった。

クリニックでは内科や外科だけでなく、精神科や眼科まで、在宅の現場で求められている診療領域に対して、さまざまな専門医が即時に対応できる体制を整備。これにより、患者一人ひとりの症状をみながら専門医をマネジメントすることが可能となった。取り組みへの評判は上々で、新規の患者数は毎月のように増加しているという。

「だって内科の専門医に、『この湿疹も診て欲しい』とお願いするよりも、『皮膚科の先生に相談しましょう』と専門医にバトンタッチする方が、患者さんだって安心でしょ」と、中村さんはにこやかに話す。

またクリニックで行う朝のスタッフミーティングには、医師や看護師はもちろん、車を運転するドライバーまで参加する。前日までの患者の症状の他にも、背景となる情報を共有することで、スタッフ全員でさまざまな改善点を検討できるようになった。開設まもないクリニックのスタッフ同士がうまく連携できるのも、患者数が急増するのも、すべては現場のニーズを知り尽くした中村さんの細やかな配慮の賜物であろう。

顔の見える関係のために、
自ら仮装も

一般的に、在宅医療の情報はクリニックだけに留まりがちで、なかなか地域に広がりにくいという現状がある。こうした状況を少しでも改善するために発足したのが、医介塾だ。在宅医療や福祉に関わる専門職が顔の見える関係づくりを目指し、全国各地で”飲みニケーション“による交流会を開催。中村さんは、八王子医介塾の塾長としても活躍する。

お酒を交えた八王子医介塾には、毎回60人程度、多い時では100人ほどが参加。「あれだけの人数が集まる背景にあるのは、地域のケアマネジャーも訪問看護ステーションも、みんな医療機関や多職種とつながりたいという、その思いだけなんですよ」と話す中村さん。塾長として、自らアイアンマンの衣装で仮装したり、マジックショーで会場のムードを和ませたりすることも忘れない。「顔の見えるフランクな関係になることは、いいことしかないですね」

八王子医介塾でマジックを披露する中村さん

在宅医療マインドを
伝え続ける

止まらない高齢化の問題。医療への需要はますます高まる一方で、診療報酬のさらなる減少も予想される。果たして、これからの在宅医療はどうあるべきか。

「診療報酬や社会保障費の単価を下げるのは、仕方がないことです。それならたくさんの患者に対応できるように、効率を上げることが必要でしょう。でも患者が生活する自宅は、病院じゃない。大切なのは、在宅医療マインドなんですよ」と強調する。

中村さんが考える在宅医療マインドとは、患者本人と家族の生活そのものに寄り添う気持ちだ。以前、自宅にあるベッドで最期を迎えたいと願う患者に対して、医師と看護師が褥瘡予防のために介護用マットに変更することを提案したところ、本人から猛反発を受けた事例があった。「最期の時間をどうすごすのか。患者の希望にできるだけ寄り添うのが、在宅医療マインドです。このマインドを、たくさんの人に伝えたい」と語る中村さん。

超高齢社会の到来は、待ったなしの状況だ。最期まで自分らしく生活したいと願う患者をしっかりサポートしながら、安心して自宅で過ごせるための在宅医療を目指す中村さん。その挑戦は、まだまだ続くにちがいない。

介護保険制度が創設された2000年以降、高齢者の在宅医療は充実しつつある。 「在宅医療に興味をもつ医師をもっと増やしたい」

中村 哲生氏

なかむら てつお

在宅医療コンサルタント・医療法人社団永生会特別顧問

1965年生まれ。東海大学卒業後、米国テンプル大学へ留学。28歳で医療界に転身。医療法人社団南星会湘南なぎさ診療所事務長を経て現職。著書に「コップの中の医療村」(日本医療企画)がある。

『コップの中の医療村――院内政治と人間心理 』 (中村哲生著/日本医療企画) 超高齢社会を支える在宅医療。介護保険の黎明期から在宅医療コンサルタントとして活動する著者。診療所経営のヒントから在宅医療の裏話まで、医療現場の真実に迫る。