ヘルスサービスリサーチの視点から 幸福なケアについて考えよう

医療・介護福祉サービスの 隙間にデータの光を

  • No.32017年5月24日発行

質の高い保健医療福祉サービスを実現し、よりよい地域包括ケアを実践していくためには、まだまだ課題がたくさんあります。ATTENTIONでは、国内初のヘルスサービスリサーチ専門研究拠点のある筑波大学で、教授として研究をリードする田宮菜奈子先生、そして研究室のみなさんと一緒に、データの分析や根拠の確認をしながら、生活と調和した「幸福なケア」について考えていきます。

みなさん、はじめまして。

今、老健施設の施設長室でこの原稿を書いています。もうすぐ夕食の準備がはじまります。この部屋にもいい匂いが漂ってきました。この施設では、人生のエピローグを彩る食事として、おいしい食事を提供するよう心がけています。そして、ベッドの上ではなく、車いすであってもダイニングテーブルについて食事をとることを大切にしています。待ちきれない利用者のみなさんが車いすで並びはじめています。

さて、今日はお二人の利用者、そしてそれぞれのご家族と、最期の医療についてお話をしました。お 一人は、すでにこの問題について夫婦で早くからお話をされていて、どうするか決めていらっしゃったとのこと。もう一人の方は、こうした問題については考えたことがなく、ご家族でじっくり考えたいと、一度お持ち帰りになりました。ご家族それぞれの思いを肌で感じる時です。

ここは2000年まで私が施設長をさせていただいていた場所で、在宅ケアがベストと考えていた私を変えてくれた場所です。現在は非常勤としてお手伝いをさせていただいています。

普段は大学で、ビッグデータ等の分析によってサービスのあり方を検討する研究や教育をしていますが、この施設での経験は、今の私の仕事の原点の一つとなっています。月に2回だけですが、こちらで施設の職員や利用者の方々とともに現場の問題に向き合える、初心を忘れないための大事な場所です。

田宮研究室パーティーにて

今回は連載の機会をいただきましたので、研究室の仲間と協力して、私たちの研究を中心にご紹介させていただこうと思います。

大学の研究室というと、堅苦しいイメージがあるかもしれません。でも私たちは「生活と調和した医療のために」をモットーに、幸福なケアのあり方を目指して研究しています。さまざまな背景の仲間が集まり、日々切磋琢磨しつつ、楽しくヘルスサービスリサーチを進めています。仲間の構成は、教員3名(教授1、助教2)、常勤研究員2名、客員教授4名の指導体制で、他に多くの非常勤研究員の協力を得ています。大学院生は、本学独特の学際的博士課程、ヒューマン・ケア科学専攻(博士後期課程)学生4名、医学の博士課程である疾患制御医学専攻学生4名、修士課程ではフロンティア医科学専攻公衆衛生コース(MPH)学生4名がおります。

大学院生は、医師、保健師、看護師、薬剤師、理学療法士、社会福祉士などの専門資格や、それぞれの得意分野を持った人たちです。自分の資格や経験を活かして、学際融合的な視点でケアを科学的に評価・分析する研究に取り組んでいます。研究室では、研究の成果を国内外の学術論文に発展させることができる学生の育成を目指しています。海外からの仲間は、現在、チリ、中国、英国、ペルー、 インド、韓国からと国際色も豊かです。

 

第一回は、私がここに至ったきっかけについて、少しお話しさせていただきます。

古い話で恐縮ですが、1980年代後半、私は地域医療にかかわる働きをしたいと模索する一地方病院の研修医でした。そこで、新米医師の私が出会ったのは、自宅での生活を希望しリハビリを頑張ったのに、さまざまな理由で自宅に戻れず、老人病院へ転院せざるを得なかった脳梗塞の方、IVH(中心静脈栄養)があるため切望しても自宅に帰れず入院生活を余儀なくされた末期がんの方、大腸がんの手術の後、人工肛門を自分で扱えず、異臭のする排泄物だらけのアパートに一人たたずむ独居老人…といった、医療や介護福祉の制度やサービスの隙間にいる方たちでした。

これらの経験から、高い医療技術があって、病院の中では手術や治療がうまくいっても、その後の幸せな日々の生活につなげられなければ意味がない|ということを痛感しました。そして、この隙間の部分は実態把握が全くされず、研究の対象とは遠いものでした。しかし、そのころ、欧米ではすでに在宅IVHはルーチン化し、病院から在宅への各種サービスも充実していました。そして、その評価研究も、疾病を治療するための研究と同様に、科学的根拠に基づいてなされていたのです。日本の地域医療の 隙間にデータの光をあて、必要な人に必要なサービスが届くようにしたい!という思いが、臨床医から研究者へ、それも医療のみでなく、医療から介護福祉へつながる部分の研究への道を選んだきっかけでした。

研修医時代の田宮菜奈子先生(中央)

ヘルスサービス リサーチとは

ストラクチャー(構造)、プロセス(過程)、アウトカム(成果)の3概念を基本に、現場のデータ・国や地方自治体の調査データなどを活用して、保健医療福祉に関するサービスの質を科学的に評価、分析する研究。医学・経済学・社会学などの学際的な視点からも考察する。

田宮 菜奈子氏

たみやななこ

筑波大学医学医療系 ヘルスサービスリサーチ分野 教授

ヘルスサービスリサーチにおける国内の第一人者。医療のみならず、介護・福祉等これまで実証研究の対象となりにくかった分野にも光をあて、『生活と調和した医療の実現』を目指し、包括的に研究を進める。2011年、Lancet誌に日本初の全国レベルの介護保険評価分析を発表(野口晴子氏と共著)。2015年、『地域包括ケア実現のためのヘルスサービスリサーチ:二次データ活用システム構築による多角的エビデンス創出拠点』が厚生労働省の研究プロジェクトに採択され、本研究プロジェクトの代表を務める。